夫は僧侶ですが、出会った時にはもう自分でお寺を立ち上げ、食べていけるだけの収入はありました。
そんな夫も、お寺を出て「食えない時期」がしばらく続いたそうです。
代々伝わるお寺さんなら、お寺を支えてくれる檀家さんもいますが、夫のようにこの時代に一代でお寺を一から立ち上げるのは相当難しいです。
そんな中でもこれまでやってこれたのは色々な方々のおかげなのですが、現実問題、「お金」があったからお寺を建てることができて自宅も建てることができ、仏像も作ることができたわけです。
「食えない時期」を乗り越え、お寺を一代で築いた夫からわたしが学びたいことNO.1は、やっぱり「お金の遣い方・貯め方」についてでした。
我が家の住職のお金の遣い方
夫に、わたしのお金の遣い方をどう思っているか聞いてみると
「あんまり使っていないようだけど、けっこうお金が出て行ってる。貯まらないって感じだよね」
ドキッ!!・・・めっちゃ当たってる・・・。
なんか見透かされているようで恐いわ~・・。
月初めにいろいろ振り分けるけど結局足りなくなって引っ張り出して・・・遣い方ややりくりがヘタなんですよね。
とくに洋服をしょっちゅう買ってるわけでもないし、浪費している感覚はないんですけど。
夫はというと、飲み歩くわけでもなければパチンコもしないし、お金を使うといえばタバコとDVDのレンタルくらい。
たとえば、食品の買い物をするとき。
夫は「値段で決めない」んですよ。
見切り品は買わない、ヨーグルト一つにしても質が良くて体にいいものを選ぶ、子どもが喜ぶだろうからとその季節の出始めのフルーツを買う。
日用品を買うとき。
かならず2個ずつ買う。消費の早いものは3~5個まとめ買いする。子どもとわたしが花粉症なので、肌荒れしないようにとひと箱500円くらいするティッシュをまとめ買いする。
というぐあいに、質の良いものを選び、まとめ買いするタイプ。
わたしがお嫁に来る前もそうやっていて月末にはお金が余っていたという・・・。
反対に、安い食材を選びお買い得なものを手にし、ティッシュやサランラップ以外のまとめ買いはしないわたしは月末にはお金が足りなくなるというふう・・。
なんでだろ!?
そこで、お金をうまく遣えるようになるには何を心がけたらいいのかを聞いてみました。
その答えは
「必要なものと欲しいものは違うんだよ。ぼくは必要なものと使っていて心地よいものにならお金を出す。でもみて”欲しい!”と思っても衝動買いはしない」
でした。
これが夫の普段の買い物の仕方とお金の遣い方です。
・・ほう・・「必要なもの」と「欲しいもの」は違うのか・・。
じゃあ、本当に欲しいものがあったらどうするのか?
「そのものがどうしても欲しいと思ったら何が何でも手に入れる。でも、カードで分割払いはしない」と。
そこでも安いほうよりも最新のものだったり機能性の良いほうを選びます。そして長く使うんですね。
我が家の住職のお金の遣い方をまとめると
・質の良いものを選び、満足感を得る(長く使うも含む)
・必要なものはまとめて買っておく
・欲しいものは一呼吸おいてどうしても欲しかったら現金で買う
それと、もう一つ大事なことが。
お金は、嬉しい気持ち、喜びの気持ち、ありがとうの気持ちで遣うんだと・・・。
お金を遣うとき、どんな心で遣うかが大事。
祝いごと、贈り物などに対して祝福の気持ちで遣うとそのお金はたくさんの仲間を連れて戻ってくる。反対に、もったいない、お金が減るのが不安など、負の感情で遣うとそのお金は戻ってこないどころかお金からも嫌われるのだと教えてもらいました。
これってすっごく大事なことですよね。
たしかに、いつも家族が喜ぶことには惜しみなくお金を遣ってくれるし、お土産を買うときなども大きいほうを選ぶな・・。
お金の遣い方はその人の人柄を表すのかもしれませんね。
”お金”と”愛”は同じエネルギーです。
愛を与える人は必ずお金がまわる、お金をまわすと愛が受け取れるのが宇宙の法則なのだそうですよ☆
我が家の住職から教わったお金の貯め方
次に「お金の貯め方」を聞いてみました。
これはとってもシンプル。
「使わない」
だそうです。
お金がないのに夜飲みに出かけたり、趣味に使う人の気が知れないと言っていました。
お寺を出てから「食えない時期」を経験しているだけに、「使わない」ことは夫にとってカンタンなことなのだとか。
まぁね、外に出なければ使わないですからね・・。
その「食えない時期」になにを食べてたのかというと「水飲んでた」と。
さすが修行してきただけある・・・わたしなら水だけの生活が逆に思い浮かばないかも。
もう究極にお金がないとき、水だけでも生きられるんだというのは子どもに教えておきたい。
我慢することと辛抱することは違う
「我慢」と「辛抱」の違い、分かりますか?
我慢とは、辛い事を耐え忍ぶこと、仏教では自分を偉いと立てる(我がまま)慢心という意味。
辛抱とは、辛いことや苦しいことを我慢して耐え忍ぶこと。
同じ意味のようでいてちょっと違うんです。
我慢は、我欲や欲望を抑制する意味合いで、精神的にも肉体的にも苦しい、訴えたいけどそれを抑えるという不満ですが、辛抱は、つらさに耐え忍ぶことで、どれだけ苦難なことでもその苦しさに流されず、向上心を持ち続けるという希望があります。
「辛抱はしても我慢はするな」
という言葉もありますよね。
我慢はいつか爆発するかもしれません。
でも辛抱することは「辛抱する木に花が咲く」とも言われています。
自分自身にも子育てにも役立つ考え方ですね☆
お金のことがよくわかるおすすめの本です
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