お寺のお嫁さんに求められることは?住職のホンネとわたしが神さまから叱られたこと

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「お寺のお嫁さん」には、色々なイメージがあるようです。

いくつか挙げてみると

・地味
・そうじばかりしていそう
・大変そう
・過酷
・自分の時間がない
・気を遣ってばかりで疲れそう
・休みがない

などなど・・・あまり良いイメージはないみたいです 笑。



わたしの実家は神道ですし、仏教のことはほぼ無知。

なので、とにかくその環境に慣れること、生活をまるごと受け入れる覚悟で嫁入りしました。



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お寺のお嫁さんの仕事

これは、そのお寺さんの規模、代々のしきたりで違いがあります。



大きいお寺であればあるほど檀家さんも多く住職も忙しいので、おくりさん(お寺のお嫁さんのこと)のお仕事も自然と増えます。

それに、檀家さんや総代さんたちとも仲良くやっていかなければなりませんし、お姑さんが同居あるいは一緒に仕事をしている場合は、気遣いも2倍でしょう・・。

お寺と家をいつもキレイにしている(見せている)のは当たり前。

その合間をみて子育て・主婦業もこなしていかなければならないので、大きいお寺さんのお嫁さんは仕事量と気遣いが半端じゃないと思います。



わたしの場合は、檀家寺ではないのでわりと自由があるほうかもしれません。

とはいえ、やることはたくさんありますね・・・日々、いかに効率よくこなしていくかが私のテーマになっています。


お寺のお嫁さんに求められていることは?住職のホンネを聞き出した!

嫁いでから、
「住職はわたしに何を求めているんだろう・・どんな嫁でいてほしいのかな」

と思っていました。



わたしはお寺の娘でもなく、住職とは恋愛結婚。

正直、お寺のことは何もわからない状態でしたし、嫁いだ時にお姑さんはいませんでした。

関連記事:≪お坊さんとの結婚は大変?寺ヨメになった私が思うこと。≫



住職とは一回り以上年が離れていて、修行してきた住職にとっては経験も浅いわたしは”未熟者”にみえていると思うんですよね・・・。

できないことや気づけていないことがたくさんある・・・

だかからこそ努力して役に立つ人間になりたい、なにか目標を持とうと思い、「住職は、奥さんにどうあってほしいと思っていますか?理想のパートナーはどんな人ですか?」と聞いてみました。(うちは普段も敬語なんですよ)



きっと「料理ができる人」「掃除が上手い人」「人当たりがいい人」「機転の効く人」などなど、女性の武器ともいえるものを特権として持っている女性なんだろうな・・・。

でも、住職の答えはちょっと、いや、だいぶ違たんですよ。これが(これは我が家の住職の意見ですからね☆)

「おくりさんとしてはお金の管理を任せられる人、精神がブレない人」

「パートナーとしては一緒にてホッとできる人」

「子どもの母親としては、こどもが「お母さんのこれだけはすごい!」と言えるような何かを持っていること」

といいました。



お寺は、収入が不安定です。

時期によっっても違いますし、年間で平均すれば問題ないのですが月ごとでみるとかなり波があります。なので、今月は少なかった・・・という時は必ずあります(我が家の場合です)。

そんなとき、嫁がアタフタしたり収入が多い月に使い果たしていたりすると回らないんですね。

なので、”やりくり”がしっかりできなければならないんだと教えてもらいました。



パートナーに求めるのが「ホッとできる相手」というのは、世の中の男性に多いのではないでしょうか。

ゴロゴロして何もしない旦那についイラッとしてしまう・・という話はよくある話ですが、やっぱり、男の人は家でホッとしたいんですね・・・。



母親としては、「お母さんのカレーライスは世界一!」でもいいらしいです。

子どもが母親を尊敬できることがひとつあればいいということなのだとか。



なんだか、私は「表向き」の姿ばかりにとらわれていたような気がします・・・。

もちろん、料理もそうじも人付き合いも気が利くかどうかも、とても大切なことなので日々自分を磨かなければならないのですが、「お金の管理」についてはまた別格で大事なことととなりました。

お金の管理ができる人」になることは、男性女性関わらず、どんな立場の方にも必要なことですよね。

・・・うちにおいては、私が努力できる範囲をもとめていてくれたのでホッとしましたぁ・・・。



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わたしが神様から叱られたこと

わたしは嫁いでから7年の間に、一度、神さまから大きく叱られたことがあります。

それはわたしの「我の強さ」でした。



そのお叱りは主人をとおして言葉でいただきました。(主人は神さまの声が聴こえています)

主人からも「我を抑えなさい」とたまに言われていたのですが、自分ではいつ我が強く出ているのかがよくわからなかった。

本気で叱られて初めて、「自分の考え方そのもののことを言われていたんだな」と思いました。

きっと、感謝の気持ちが足りなかったんだと思います。



感謝していると思っていても神様からみれば全然足りない人、反対に、感謝が足りないと思っている人が神様からみると足りている場合もあります。

感謝を深めるにはまず、

「当たり前のことは何一つない」という考えをもつこと。それを一つ一つ見つけて感謝できるようになることだと教えてもらいました。



例えば、今住む家があること、水が水道から出てくること、ご飯が毎日食べられること・・そんな日常に一つ一つ感謝することです。

「我の強さ」を改めるために私が与えられた試練は、わたしにとってとてもつらいものとなりました。←試練まで与えていただきました(苦笑)

この「我」を捨てないと、今のわたしのままだったら5年後、10年後に影響するというものでした。

その試練は実は今も続いているのです・・・。

長年、身にしみついた習慣を変えることはむずかしのかなぁ・・。でも、そろそろ終わりそうです!

今はそのことに気づけて本当に良かったと思えますし、「自由」と「わがまま」の違いをよく考えることを心がけて日々を過ごしています。

「人は変われる」と信じて☆

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