お寺の歴史・ルーツ(根源)って何だろう‥

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日本の寺院といえば、京都・奈良・大阪などにある著名な寺院を思い出しますよね。



それ以外にも、そのお寺さんの近くに住む人々を中心に「檀家」と呼ばれる信者さんを抱え、墓地を保有・管理している檀那寺もあります。



そもそもお寺さんとは何なのでしょう・・。

一般的にはお葬儀や法事を行う場所というイメージですが、昔はそれだけではなかったのです。

ここではお寺の歴史やルーツについてわかりやすくまとめました。



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開祖はインドの釈迦

紀元前5世紀ごろ、インドの釈迦(本名:ゴーダマ・スィッダッタ)が仏教を開祖。



当時、お寺の起源となる塔や仏殿、仏像やお経もなかったといわれています。

仏教がインドで広まるにつれて釈迦は神格化され、釈迦の遺骨が納められた仏塔へ人々は崇拝するようになります。



やがて、サンガと呼ばれる修行の場にも仏塔が作られて修行にも仏塔礼拝が組み込まれるようになったとのことです。

これが仏教の始まりなのですね。


初期のお寺

インドでは雨期に外を歩いていると、うっかり虫などをふみつけて殺してしまうことが問題になっていました。

無駄な殺生を避けるため、雨期だけは外を出歩かずにどこかでおとなしく瞑想しようという考えから作られた場所が初期のお寺です。



「寺」という名前は中国で生まれました。

中国で「寺」というのは役所のこと。

インドからお坊さんを招いたときに役所を宿舎として使っていたり、仏典の漢詩を作る際に役所が作業場に当てていたことから、お坊さんがいつもいる場所を「寺」と呼ぶようになったそうです。


大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)

釈迦の没後、約500年の時を経て、仏教は大乗仏教上座部仏教(小乗仏教)にわかれました。



上座部仏教(小乗仏教)は小さな乗り物という意味で、修行した人しか救われず、一般の人は救われないという考え方です。

ですが、釈迦はすべての人々を救いたかったはずである、という思想から、大きな乗り物ですべての人を救う大乗仏教が誕生します。



上座部仏教は、タイ、スリランカ、カンボジアなどの東アジアの南方に、大乗仏教は、日本、中国、チベット、朝鮮半島などの東アジアの北方に伝わりました。

日本に大乗仏教が伝わるまでに、約1000年かかったといわれています。


日本での始まりは?

日本で初期の頃、お寺を多数建てたのは、飛鳥時代の蘇我一族。

今現在存在する最も古いお寺は、大阪の四天王寺ですが、これを建てたのは蘇我の血を引く聖徳太子です。



その後は、壬申の乱以降、奈良時代までを支配した天武天皇系の天皇たちがお寺を建てることに熱心だっだそうです。

国分寺を全国に作らせた聖武天皇、安国寺を全国に建てた足利尊氏が特に力を入れていたといわれています。


まとめ

昔は日本でも、お寺が市役所の役割を果たしていました。

「苗字」というのもお坊さんが考えてつけたといわれていますしね。



また、お寺は「寺子屋」といって学校の役も担っていましたし、その他にも村の寄合所だったり相談所だったりと、その地域の中心だったわけです。



人々の心の寄りどころだったのですね・・。



現代は檀家離れが進み、墓じまいをする方も増加しています。

でもこれは、時代の流れ。



当寺の住職も、これからのお寺が人々の生活とどう関わるべきかを考えています。



これから、どんなお寺が必要とされるのか・・・また、僧侶としてどうあるべきかも大事だと。



この世界もふるいにかけられている・・・そんな気がします。

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